自治医科大学医学部同窓会報「研究・論文こぼれ話」その42 同窓会報第97号(2021年7月1日発行)


UpToDate

             自治医科大学医学部生化学講座病態生化学部門 大森 司

 

自治医科大学小児科の小坂先生よりバトンを受け、「研究・論文こぼれ話」について、私の卒業後、特に義務年限中の経験や研究について述べさせていただきます。時間つぶしに少しお付き合いいただければ幸いです。

私は自治医科大学を1994年に卒業し、故郷の山梨県に戻りました。義務年限中は、ちょうどEvidence-based MedicineEBM)の考え方が徐々に普及してきた時代でした。当時はEBMの考え方に大変魅力を感じました。なぜなら、私は初期研修を終えた直後に診療所勤務となりましたが、経験値が少ない状態のまま地域で診療することに不安が大きく、この不安を解消するにはEBMで武装するしかないと考えたからです。そこでEBMの情報を得るのに活用したのが、インターネットでした。当時はようやく携帯電話が普及してきた時代で(もちろん研修医時代はポケベルでした)WiFiや光回線もなく、電話回線を介してTelnet(だったと記憶していますが)でサーバーにアクセスし、MEDLINEなどで文献を検索し、その文献を休日や研究日に山梨大学の図書館でコピーをしました。その後、EBM検索を劇的に容易にしたのがCochrane LibraryUpToDateでした。これらのメディアはEBMを短時間で網羅するのに優れており、特にUpToDateに関しては個人契約を結んで利用しました。検索によって、眼前の患者さんの困難を解決すると同時に、自分の不安を解消することが原動力になり、知識や経験として身についていったように思います。今もUpToDateは知識の整理に大変役立っています。

日常診療で生じた疑問に遭遇し、それ解決するための作業を続けていると、その分野での未解決な点がわかってきます。この気付きが臨床研究の原点だと思います。ある時、自分の診察している糖尿病患者さんがアスピリンを内服しているにも関わらず脳梗塞を発症しました。何故アスピリンを内服しているのに脳梗塞をおこしたのだろうか?と大変残念に思いました。アスピリンの二次予防効果はさほど高くないので再発は当然かもしれませんが、アスピリンが効いていないのではないか、ワルファリン、降圧薬、高脂血症薬のようにアスピリンの効果は何故モニタリングしないのだろうかという疑問が生じました。調べてみると、当時は実際に抗血小板薬の薬理学的効果をモニタリングした研究はほとんどないため、これを調べてみようと思いました。私は財団法人身延山病院という静岡県との県境に位置する100床程度の病院に勤務しておりましたが、大学病院にしかなかった血小板凝集能装置を購入していただきました。当時一緒に勤務していた関戸 清貴 先生(1期卒)、丸山 敦 先生(2期卒)、亀井 茂男 先生(5期卒)、萩原 淳 先生(12期卒)、のご理解があったからかと思います。本当にありがたかったです。アスピリンは血小板シクロオキシゲナーゼに不可逆的に結合してアラキドン酸からのトロンボキサン産生を抑制して血小板機能を抑制します。そこで血小板多血漿に血小板凝集を惹起させた際のトロンボキサン濃度を測定しました。50症例ほどの検討ではありましたが、アスピリンを内服していると全例でトロンボキサン濃度がしっかりと抑制され、薬理学的にアスピリンの効果が減弱している患者さんはいませんでした。自治医大に赴任してから研究結果を原著論文の形で国際血栓止血学会誌に報告しました(J Thromb Haemost 2006)。アスピリンは30 mg程度の少量でも血小板シクロオキシゲナーゼを抑制するため、100 mg投与によって十分な薬理効果が発揮されるのです。そのため、薬剤効果のモニタリングは不要と考えられます。本論文は多くの文献に引用され、私の最も印象に残っている研究の一つです。

また、同時期に身延山病院で不思議な経過をとる患者さんがいました。私が直接の担当医ではなかったのですが、慢性肝炎で通院中でした。点状出血や口腔内出血を生じて救急受診すると、その時の血小板数が測定できない(0.0 × 104/µLと表示される)のです。入院すると数日で元の血小板数にもどります。原因が分からず、何度か同じエピソードが繰り返されました。よく話を聞いてみると、発症の数時間前に寿位という市販の漢方茶(今は製造中止になっているようです)を飲んでいることがわかりました。まさか、私達も患者さんも煎じたお茶の飲用で血小板数が低下するとは思ってもいませんでしたが、本人の同意のもと入院下でお茶を煎じて飲んでもらいました。驚いたことに寿位を飲んで6時間後に急性の血小板減少をきたしました。よく調べてみるとLancetLetter to the Editorに日本から1例の報告がありました(Lancet 1999)。この漢方茶で少なくとも過去の報告も合わせ2症例が急激な血小板減少が発症したことに対して、改めて注意喚起をする必要があると考え、国際血栓止血学会誌のLetter to the Editorに報告しました(J Thromb Haemost 2004)。先日UpToDateを検索していると、今回のこぼれ話で紹介した2つの論文が、共にUpToDateに引用されていました。地域で経験した症例を元にした自分の報告が世界のどこかでEBMの一部として役に立っているのだろうと思うと感慨深いものがあります。 

「研究」というと多くの自治医大卒業生が自分と縁がないように感じられるかもしれません。一方、臨床の現場から出てくる疑問には潜在的な研究シーズが隠れており、これを解決する研究や症例報告が、どこかで世界の研究者や臨床医の役に立つと思います。日々の診療でEBMを利用して疑問点を解決して眼前の患者に手を差し伸べるだけでなく、研究によって情報を発信することも、やり甲斐のある医療貢献です。自治医大にはCRST:地域医療研究支援システムがあります。決して臆することなく、研究アイディアや症例をCRSTに相談いただき、地域からの情報発信に利用していただければと思います。



(次号は、自治医科大学臨床薬理学部門教授 今井 靖 先生の予定です)


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